フユスル

どこかで浮遊しています。

フラッシュバックに悩まされる。

発達障害持ちによく起こるらしい「フラッシュバック」。
私もよく起こります。最近それが、特にひどい気がします。

嫌だったことや、つらかったこと、傷ついたことが、
またその場に戻ってしまったかのように再体験してしまいます。
「思い出」じゃなくて、今まだリアルにあるような感覚で、
引き金となるものが目が入ったりした時に自動再生されます。

最近頻繁に自炊をします。
必ずと言っていいほど毎回思い出すのが、前の職場での上司とのやり取り。
それがすごくつらいです。

特殊な施設に勤めていて、職員がローテーションで昼ご飯を作っていたのですが、
上司は私の作り方が気にくわなかったようで
私に「野菜はあなたが切ったの?」と確認した後に、他の社員に「このゴボウの切り方見てよ~」と話したり、
休憩時間に社内にいると、野菜の切り方について説教されたりしていました。

それも「まぁ好きにやってくれて良いんだけど」と言うので、
やりやすいようにやっていたら、「この前教えてあげたのちゃんと聞いてた?」と言って怒ったり、
違う部屋で他の社員と「あの子絶対ハッタツよね!」という話をしたり。
そういう事が積み重なって退職した職場でもあったので、
野菜を切る度に、こんなことを思い出すのは本当につらいです。

しかも、そういうフラッシュバックがさらなる引き金になって、
悲観的な考えが頭をぐるぐるします。
「こんなことを思い出してるってことは、精神的に進歩してないんじゃないか」
とか思い始めたら、もうずっと悲しい気持ちのまま。

強制終了したいのに、止める方法が分かりません。
「はい!その話は置いといて!」ってやりたいし、訳が分からない理論で自分を責めるのももう本当に嫌です。

Habiticaがおもしろい(今更感)

先週からHabiticaにハマってます。

https://habitica.com/


現実世界でタスクを完了するとゲーム上のキャラクターがレベルアップして
ゲームが進んでいって…というようなサービス。

タスク完了するとゲームが進むんだ!と思うと、意外にやる気が起こる。

でもゲームのルールを理解するのが苦手なので(多分これは障害特性的な)
あんまり深くまで楽しめないのかも…。



障害特性的に対応が難しい事をできるだけ避けて、
ストレスを取り除いた日常生活を送っています。
ふいに心が削られる事がない、生きやすい毎日です。
でも、それに慣れてしまうと、「それで良いのか?」と思い始めてもいます。

もっとさ、日常って、ストレスがあって、努力もあって、そういうのが生きてる実感になったりするんじゃないの?

とか、思ってしまう。
出来ないことを、「出来ないんだから仕方ない」とすっぱりきっぱり諦めてしまいたい。
自分は多分、無理は出来ないんだと思う。もうそれは仕方ないんだと思う。

そしてどうでもよくなる。Twitterに向いていない事に気付いた。

人間関係は、いろいろと思い詰めた結果、どうでもよくなることが多い。

梅雨が明けたのか、今日は30度超えでした。
在宅勤務でほとんど土日しか外出しないのに、日傘を買いました。

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かわいい。

instagramTumblrTwitterFacebook、note、
いろいろアカウントを使っては、結局めっちゃに更新していないな、
ということを、薄々感じていました。
流行りものはとりあえずやってみよう、っていう気持ちで
アカウント作ったけど、そう器用に扱えません。

Facebookはリアルに関係のある人との交流が多いから、
滅多なことは書けないな、と思う。
けど近所のイベント情報が回ってくるのはありがたいです。
あと、noteには詩とかを書いてます。
Tumblrは自分メモ用にアカウント作成したけど、もう数年使ってない気がする。

で、Twitterに向いてないって事に最近気付きました。
短文で何かを発信するとか、誰かに反応するとか、すごい難しいなぁと。

Twitterで他人と仲良くしてる人ってすごいなって思う。
仲良くしたい人がいても、どうしたら良いのか…。
これもブログ世代だからかな?
他人の事を知るにも、長文読むほうが好きなんだ。