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ぽつぽつ日記ブログ。

許すも許さないも。

人を許さないでいるということは、自分の頭の容量の一部を、
ずっとその人に使われているということだと思う。

だいたいの嫌悪感や憎しみは、「そんな人のこと考えても時間の無駄だから」と
流せるようになったと思う。
僕の脳みそも人生も有限だから、もっと楽しい事に使いたいって思う。
だけど許しても許しきれないことも、ある。

15年も前のこと。
僕がまだ中学生で、母と義父と暮らしていたころ、
お酒を飲んだ義父に暴力を振るわれたことがあった。
それまでにもちょこちょこそういうことがあったんだけど、
その日が一番大きかった。

義父が寝てしまったころ、母と義父と同じ職場のおじさんとその奥さんが
家に来てくれて、事情を聞いてくれたんだけど、
その時に、その2人は僕に「男親だから仕方ないよ」と言ったんだ。
これまで優しくしてくれた、僕たちを救ってくれると思ってた2人から
そんな事を言われるとは思わなくて、すごくびっくりして、
それからは2人に関わらないように避け続けて、会っても無視するようになった。
しばらくはその時のことを何度も思い出して、「絶対許さない」と思った。

最近母から、その2人が会う度その時のことを謝ってくるんだと聞いた。

謝っても遅いことって、ある。
今の自分が同じことを言われても、その気になれば
その何倍もの言葉をもって反論することが出来ると思う。
だけど、当時の自分は子どもだったし、暴力に怯えていたし、
今よりまだまだ心が発展途上だったんだから。
謝られても、どうするの、と、思う。
自分の行いを悔い改め、謝りたいと思うことは大切なことだと思う。
だけど、謝られても、その時感じたことはもうすでに、
僕という人間の形成に大きく影響しているんだから。良くも悪くもね。

不思議なもので、暴力を振るった義父については
許すとか許さない、という感情はもうあまりない気がしてる。
どうでもいい、が一番近い。思い出しても、心がざわつくことはない。
どうでもいいけど、どうぞ、一人で、一生、冷たい部屋で、
美味しくもないご飯を食べて、寂しく死んでいってください、とはたまに思うけど、
これは、頭に刺激がほしい時に思考遊びとして、嫌な記憶を敢えて使っているだけで
本心ではないんだ。