フユスル

どこかで浮遊しています。

「キッケごっこ」

もう10年以上も前の話。
僕の書いた作文が、なぜか「中学生の主張」という名の作文コンクールに
入賞してしまい、全校生徒の前で発表した事があった。

作文の内容は、障がい者差別について。
10年以上も前の小さな田舎町では、中学生をとにかく障がい者
触れ合わせたがった。
学校行事には毎回、町内の障がい者施設の人たちを招待して、
「ボランティア係」の生徒たちが車いすを押したり、手を引いたりして案内する。

当然、自分で車いすを運転した方が楽な人もいるし、
手を引かれると怖いという人もいるが、ボランティア係が先生たちから
指導されるのはとにかく笑顔で元気よく車いすを押せ、手を引け、
話し相手になってやれ、というもの。

これじゃあ何のためのボランティアか分からない。
障がい者だから助けが可哀想」でもなければ、
障がい者だから偉い」という事もない。
障がい者だから必ずしも手助けが必要なわけではない。

というような事を書いた。
先生たちからは「差別について考えていて素敵ですね!」みたいな
とてつもなく薄っぺらいほめ言葉をもらって、
ああ、この入賞も学校の「ボランティア」の一環なのね、と思った。




同じ時期に、学校の一部の女子たちの間で、
「キッケごっこ」という遊びが流行った。

それは、両頬に赤いチークを丸く塗って
白目を剥きながら舌を出して、「キッケ!キッケ!」と飛び跳ねるというもの。

これがギャル系の子たちの間で大流行して、
先生たちの間でも「面白い!」と評判になり、
ついには文化祭の出し物の一つとしてステージに上がった。

「キッケ」というのは地元の方言で「奇形児」という意味だった。


先生たちは知ってか知らずか、(多分、地元出身の先生は少なかったから
何も知らなかったのかも)その遊びを大いに楽しんだ。

何が面白いか、というのは本当に人それぞれだと思う。
だけど僕とは笑いのセンスが違うようで、ただただ不愉快だった。

低俗で、バカで、世間知らず。
こんな奴らと一緒にいるなんて吐き気がする、と思って中学時代を過ごした。
卒業間近に、先生に「キッケごっこ」の意味を伝えると、
「何でもっと早く教えてくれなかったの」と怒られた。


けれど、こんな事ってたくさんある。
仕事場でも友人間でもテレビからも、「低俗でバカで世間知らず」な
笑いはいつだって起こる。

「ちょっと変な奴」ぐらいなら馬鹿にして笑うのに、
障がい者です」といわれると萎縮する。
「知識がないからどうすればいいか分からない」と言い訳するのは
なんだか本当に、バカだと思う。

障害についての知識を身に着けるよりも、「自分と他人は違うんだ」って事を
もっと楽しんで認められるようになったら良いのにね、と思うけど。